馬喰町ART+EATと吉祥寺sound cafe dzumiでの出版記念講演

 去る8月29日(金)は久方ぶりの東京。著書『壁画洞窟の音』とCD『暝響・壁画洞窟』の発売を記念した馬喰町ART+EATでの講演のために雨上がりの郡上を出発。途中、豪雨での新幹線停止を心配したが、その前になんと岐阜から名古屋までの列車がストップ。しかも自然災害ではなく、踏切での自動車事故。となりの私鉄に乗り換え何とか名古屋へ、そして東京に無事到着。下町の風情を残す馬喰町に昨年オープンしたという「馬喰町ART+EAT」はレバノン料理を主にしたレストランで、古材の木の床と白壁に包まれたスタジオ風の空間に郡上の作家、井藤昌志くんの廃材を利用したテーブルや椅子が並び場を引きたたせている。会場では8月一杯、林のり子さんのブナ林、照葉樹林、焼き畑など、縄文時代から今日にいたる日本列島の植生環境から生まれた「食」についてのワークショップや講演が行われていて、壁面にはフィールドワークによって調査した成果も展示されおり、この日の話にこれらの展示物が話の臨場感を与えてくれる。会場は50人以上の参加者で一杯になり、普段わたしのコンサートでは見かけない若者たちも多く見えた。最初「銅鐸」「縄文鼓」「壁画洞窟」の演奏シーンをVTRで少し鑑賞してもらい、その後は壁画洞窟の音に辿り着くまでのわたしの音楽遍歴について一気に喋った。特に私の最初の訪問ともなったレ・トロア・フレール洞窟の話は多くの人の注目を引いたようだ。夢中になって話した私と、夢中になって聞きいってくれていた参加者は、これで会を終わったと思っていたのだが、オーナーの武さんが「あの太鼓の演奏は」と小声で知らせに来てくれた。最後に縄文鼓を演奏することをてっきり忘れてしまっていた。テーブルに小振りの縄文鼓が一つ、声に合わせ桴を振り下ろす。しばしの演奏の後、最後の一打が終わるやいなや、とてつもなく大きな雷鳴がビルを震撼させた。縄文鼓を演奏するといつも雨がらみになるのだが、なんとも素晴らしいエンディングとなった。おかげさまで著書もCDも完売。いままでになく濃密な出版記念会が持てた。
 翌日は吉祥寺のsound cafe dzumiでのトーク&レクチャー。ここは最近、オーナーの泉秀樹さんによって開設されたフリージャズ、インプロヴィゼーション、現代音楽等を素晴らしいオーディオ装置で聞かせるミュージック・カフェ。いわゆる漆黒のジャズ喫茶とは一線を画した、ビルの七階、しかも日の差す窓からは緑に包まれた井の頭公園が眺望できるプティ・ラウンジといった感じだ。泉さんとはブルック劇団の『マハーバーラタ』オーストラリア公演の際、セゾンの三分間コマーシャルの撮影でピーター・ブルックの撮影に龍村仁さんたちグループと見えていて、そこでお話ししてからの付き合いである。カフェに集積されたLPの数々は私が同時代の音楽として聞いて来たなつかしい60,70年代のフリージャズやインプロヴィゼーションが中心で、これらの音もここで聞くとまた新しく聴こえてくるから不思議だ。壁に貼ってあるサンラとジョン・ケージ、またレコード棚から顔を覗かせているウィリアム・バローズ、皆実際に会った人たちばかりでパリやニューヨークでの日々が脳裏をよぎる。ハード・コアな音楽につつまれたこのカフェでのレクチャー&トークだが、前日になって作戦を少し変更し、古代音楽に加えこの店ならではのフリージャズやインプロヴィゼーションの話もということで、私が海外で共演したS・レーシーやD・ベイリーとの秘蔵テープをも持参した。しかし、ここでも雷鳴が轟き、昨日の劇的な効果とは裏腹に、この爆音の震動であまりに高価で繊細なdzumiのカセットデッキがどうにも回らなくなり、結局音楽を紹介することができなくなった。ただし後の懇親会では参加者が持参してくれた小さなカセットマシンで再生でき少しだけは聞くことができたが。昨日同様、ここに集まってくれた人たちもまた様々なジャンルと年齢の人たちで、とても有意義な会になった。
 今回のイヴェントを開催してくれた二つのスペース、それぞれギャラリー・レストランとサウンド・カフェと趣こそ異なる店だがそのセンスと質の良さは共通している。まだ足を運んでない方は是非一度出かけてみてください。
 出版記念のトークはこの後、京都、大阪でも計画されています。関西方面の方は是非お出かけ下さい。