桃山晴衣の一周忌にリリースされるCD

12月5日に桃山晴衣の一周忌をパリで迎えることになる。昨日、日本伝統文化振興財団から出来上がったばかりの桃山のCDがこちらに届いた。三枚のCDが一周忌に合わせて12月2日のリリースとなった。そのうちの一枚は比類なき桃山のうた・語り、そして三味線音楽の根幹をなす宮薗節をベースにした今様浄瑠璃『夜叉姫』。彼女は逝去前の数年間を『梁塵秘抄』の執筆と同時にこの日本独自の語りの世界を新たに創作すべく取り組んできた。
 今様浄瑠璃への取り組みは舞踏家大野一雄氏とのコラボレーション『小栗判官照手姫』で新たな浄瑠璃を作詞・作曲、演奏したことに端を発し、その後浄瑠璃の語源にもなったといわれる『浄瑠璃姫』そして梁塵秘抄後白河院に伝授した青墓の遊女(あそび)の一人、延寿とその娘の夜叉姫の悲劇を平治物語などの史実に沿って創った『夜叉姫』などを次々と発表してきた。桃山の代名詞ともなった『梁塵秘抄』のうたの数々はどの歌も短歌のような短い歌詞で数分足らずのものだが、今様浄瑠璃はこれらと全く対象的に一時間近くをかけて一人で弾き語る至芸である。
 浄瑠璃の中でもとりわけ洗練された技術を要する古曲宮薗節を桃山は幼少の頃より聴きなじんできた。父、鹿島大治氏は長唄の重鎮四世吉住小三郎(慈恭)を叔父、三世宮薗千之を継ぐべく叔母をもっていたことから、自らは岡田三郎助の弟子として西洋絵画に専念すると同時に、三味線やうたにも力を注ぎ、桃山はこの父上を後見として小唄や端唄、復元曲などをレパートリーにし、二十歳で桃山流の家元になっていた。しかし彼女はその後、憧れていた宮薗節の名手であった叔母の面影を慕い、師匠の座を退き、四世宮薗千寿の唯一の内弟子として宮薗節に入門し、この古曲の奥義を収める。そして千寿師匠に「魂でつきあえる子」として誰よりも信頼され、宮薗節の素晴らしさも体感してきたが、この間、閉ざされた特殊な邦楽界に疑問をもち一般社会とのつながりを持つため「於晴会」という会を定期的に持ち、そこで宮薗節をはじめ、かつての桃山流での曲も含め、一般の人々と響き合える場を模索していた。そしてなによりも大きな決断は「後ろ髪を引かれる思いで」大好きな師匠の元から離れたことだった。宮薗節は十数曲のレパートリーがあり、その多くが江戸時代に書かれた心中物で占められている。うたの技法や三味線の洗練にはこれ以上のものはないとの確信をしたものの、歌詞が現代人と響き合わないとうことの自覚を持ち始め、現代の一般社会の人々と響き合えるうたとその場を求め、「邦楽界のジャンヌダルク」としてあえて厳しい道を選び、その後『梁塵秘抄』で多くに知られるところとなる。
 今回、日本伝統文化振興財団からリリースされた他の二枚は、まさに桃山が邦楽界に別れを告げた時期に発表された現代文学や一般の詩や自らの作詞をうた・語り、三味線で創作した画期的な作品だった。初アルバムの『弾き詠み草』と称されたこのCDには佐藤春夫の詩や一般の人の詩に曲をつけたものや、大原富枝さんの現代文学『婉という女』の語りに取り組んだ際に創った遠藤利男氏の作詞による語り歌「虚空の舟歌」など、ここには宮薗の技が初々しいまでに響き渡っている。ちなみに当時発売されたLPを桃山は師匠のところにもっていき聴いてもらったという。もともとお世辞をいっさい口にしない千寿師匠の言葉は「いい音してるよ」の一言だったが、以心伝心、桃山は師匠のこの一言に自分の選んだ道が間違ってはいなかったのだと勇気づけられたという。もう一枚の『鬼の女の子守唄』は先のアルバムを発表して四、五年が立ってのリリース。どちらも当時ビクターのインビテーションレーベルからのもので中村とうよう氏のプロデュースによる。桃山はいわゆる専属歌手だったが、しかけられたレコーディングやコンサートやメディア出演は好まず、一般の人々と真につきあえる場を創るべく全国を行脚していた。そしてその足がパリにおよび小さなコンサートホールで私は彼女のうたと出会い、以来、共に理想の音楽世界を構築すべく郡上八幡を拠点に日本と世界を駆け巡ることになった。この時点で桃山はビクターの専属を止め、個人としての活動を続ける決意をし、その後のアルバムはわたしたちが設立した立光学舎レーベルからのリリースとなる。
 今回の『夜叉姫』はパリからの凱旋記念公演として東京織部ホールでのライブ。私たちのコンサートのPAやレコーディングも常時行ってくれている須藤力氏が録音テープを保存していてくれいたものを聞き直し、日本伝統文化振興財団のディレクター堀内宏公氏にCD化の相談をもちかけたところ、理事長の藤本草氏をエグゼクティブ・プロデューサーとし、かつてのビクターからの作品も同時にリリースできることになった。そして今回はジャケットのトータルデザインを、立光学舎レーベルでもお世話になってきた杉浦康平門下の名デザイナー辻修平氏に引き受けてもらった。
 日本のことばやうたが澱みつつある今、桃山が残してくれたこれらの作品に耳を傾けてほしいと切に願う。

『弾き詠み草』のレコーディング

今様浄瑠璃『夜叉姫』SHM-CD VZCG-716

『弾き詠み草』SHM-CD VZCG-717

『鬼の女の子守唄』SHM-CD VZCG-718     各CD税込定価3000円  日本伝統文化振興財団  2009年12月2日発売