3月東京での講演と公演(3)

 港千尋氏とNHKのTV番組「闇に残されたメッセージ〜人類最古・洞窟壁画」の収録で、ナビゲーターとして南仏の壁画洞窟を一緒に巡り歩いたのは2002年の冬。NHKがハイビジョン用に洞窟の番組を作るために相談にのって欲しいということが発端だった。その前年、わたしは幸運にも南仏の非公開の洞窟に音楽調査のために入ることが出来、そこで演奏をさせていただくという更なる幸運を得ていたため、この相談をもちかけられたのだが、引き受ける条件として洞窟の壁画だけに焦点をあてるのではなく、壁画と密接に関係している音響や音楽にもスポットをあてるのならばということを提言した。そして、その案が受け入れられたたため私は音楽の方、そして港氏が壁画の方のナビゲーターを担当して番組作りがすすめられたのである。

<土取利行・クーニャック壁画洞窟での石筍演奏>
 そもそも私がフランスの壁画洞窟に興味を持ったのは、ずっと日本の古代音楽の研究と演奏を続け、縄文や旧石器時代の音の調査に取り組んできたことからである。縄文時代は第四氷河期の終焉をむかえて大陸と陸続きであった今の日本列島が縄文海進によって切り離された時期に始まる。そのために、以来一万数千年前から、森に覆われた生態系が今日にいたるまで続いているのであるが、このことは日本人の感性の礎がこの縄文時代の一万年間に築かれて来たことを意味している。この縄文時代の文化は、それまでの大陸的な旧石器文化にはなかった列島特有のもので、狩猟採集生活に根ざした多様性を有してきた。しかし残念なことにその多様な文化も列島そのものが酸性土壌であるために有機物のほとんどが消滅していて、考古学的には非常に研究が進めにくい状態なのである。そしてこうした条件は、縄文時代を遡る旧石器時代の研究においてはさらに障害となってくる。これに対し、ヨーロッパの地はアルカリ土壌に覆われており、有機物が長く地中に保存されている。そして日本の旧石器時代の遺物がほとんど石器に限られるのに対し、ヨーロッパでは骨器や木器による道具、さらには洞窟内に描かれた絵画までが鮮やかに残されており、日本列島の遺物とは格段の差があるのである。そのため、旧石器時代の音楽研究に進むためにはどうしてもヨーロッパの旧石器文化との比較が避けられず、壁画洞窟へと赴くことになったのである。そして壁画洞窟が音楽や音と深く関係のあることが実際に現場を訪れてみて認識でき、そのことは拙著「壁画洞窟の音」に詳しいので一読していただきたい。私の「壁画洞窟の音」が出版される数年前に港氏も「洞窟へ」というイメージ論を中心にした洞窟壁画の著書を出版しているが、この本には1994年に発見された世界最古の洞窟壁画が描かれているショーヴェ洞窟の写真が多く載せられているのと、近年発見されたコスケール海底洞窟についての記述が詳しく紹介されていて興味深い。

<対談の最後はヴィレンドルフのヴィーナスと縄文土偶で>
 今回の対談が実現したのは昨年暮れに二期倶楽部の北山さんから「三つの椅子」という会員誌に港氏との対談を掲載したいとのご連絡をいただき、那須二期倶楽部で久しぶりに対談をし、そこで今回のイヴェントへと辿り着いたというわけである。港氏は家族がフランスに住んでおり、多摩美でも教えているため日仏をたえず往復するという忙しい身で、イヴェントの翌日もすぐにパリへと飛び立つ慌ただしさだった。わたしも郡上から東京に出る機会が非常に少なく、対談はこの日しか出来ず、貴重なものとなった。ちなみに東京ではショーヴェの洞窟壁画を3Dで撮影した名匠ヘルツォークの「世界最古の洞窟壁画3D・忘れられた夢の記憶」が上映中とあって、この映画の話も折々登場した。私自身、何とか対談前日にこの映画を3Dで見ることができたが、東京で昼間上映している映画館がたった一軒という日本の文化状況に非常に落胆した。まだ観ていない人は、機会があれば是非観ることをお勧めします。そして、3Dならぬ私の3DAYS 東京でのイヴェントは幸いすべて満員、立ち見の状態で、ご来場いただいた皆様に感謝いたします。