パリでの出会い。クーリヤッタム舞踊家、カピラ・ヴェヌーの成長

久しぶりのブログです。
2015年10月11日、昨夜、公演休みで南インドの古典舞踊「クーリヤッタム」をモンパルナス近くの世界文化館で観た。『Battlefield』観劇にきた客からの情報で旧知の女性舞踊家カピラ・ヴェヌーの独舞だと聴いたので馳せ参じた。30年ほど前、ブルック『マハーバーラタ』公演がセゾン劇場で開催された。この時、世界各地で行われてきた「インド祭」が日本でもあり、セゾンからこれまでにない企画をと、頼まれ土取利行・桃山晴衣監修の下、『タゴール』をテーマにした絵画展、映画祭、コンサート、舞踊、シンポジウムを企画。同時に国際交流基金が『クーリヤッタム』を始めて招聘した。クーリヤッタムは12世紀頃に起源を辿る南インドサンスクリット伝統舞踊で特別な家系の人たちによって伝えられて来たが、近年その継続があやぶまれ、カターカリ舞踊家でクーリヤッタム舞踊家のG・Nヴェヌーが実践家、研究家として精力的にその後継者育成等にも力を注いできた。カピラは南インドの古典女性舞踊家でクーリヤッタム舞踊家でもある母のニルマラ・パニカルと父G・Nヴェヌーの間に生まれた女性で、30年前のインド祭の「クーリヤッタム」公演の際は父母に手を引かれた子供だった。その後、青人になってからは古典舞踊だけでなく現代舞踊や演劇にも興味を持ち、白州でのワークショップに何度か顔をみせたり、日本公演も度々行って来た。もう十年以上も会っていなかったが今回はクーリヤッタムの女性独舞ナンギャル・クトゥーの上演で来仏。ミザーブ(壷太鼓)とウデッキの細やかなリズムとは対照的な静的な動きと顔の仕草だけで物語を伝える技は、30歳を越えた彼女にしての熟成がみられた。公演後カピラに会った。生まれて一年という子供を手に大きな目を輝かせ、パリで会ったのが信じられないと喜んでくれた。父のヴェヌー氏は今回見えなくて残念だったが、彼女の成長した姿をみてうれしかった。私がヴェヌー氏と始めて会ったのは彼がアマヌール・チャキール師と同行してマンダパという小さな劇場でワークショップを持ち、「マハーバーラタ」の準備を進めていた私たちにデモンストレーションをしてくれた30数年前。それ以後もケーララを訪れ親交をもっていた。カピラ一行は翌々日すぐにインドに戻るというハードスケジュールで私たちの『Battlefield』を観てもらえないのが残念だったが、南インドの爽やかな風が吹き抜けたパーフォーマンスの一時だった。なお、先述のマンダパ劇場と今回の世界文化館は共に桃山晴衣がパリでコンサートを開き、私が彼女と始めて出あった場所であり、時でもあった。

■カピラ・ヴェヌーのクーリヤッタム

■公演終了後、子供を抱えてのカピラと再会。