『浜辺のサヌカイト』クラウドファンディング支援者の皆様への感謝にかえて  土取利行

 

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コロナ危機とロシアによるウクライナ侵攻の悲惨極まりないニュース、そして盟友近藤等則や恩師ミルフォードグレイヴスなどの身近な音楽家の予期しなかった死別が押し寄せ心安まらぬ日々の中、コロナ禍で私自身も多くのアーティスト同様に国内外の演奏活動を絶たれ、厳しい状況に置かれてきました。しかし逆境の中でこそ何をすべきかということを考える中、故郷讃岐で仲間達の呼びかけもあり、サヌカイト再演の意志を強く持つようになってきました。84年の初ライヴ、翌年の青野山での演奏、六本木WAVEでの都市ライヴと三様の場で演奏を行なって以来、久しくこの演奏から遠のいていました。しかし今回はこれまでの場とは異なる海、浜辺の演奏を実現したいという思いが、まさに海波の如く押し寄せてきたのです。サヌカイトを旧石器時代の石として捉えていた歴史の軸が、突然大海原へと広がっていったのです。その思考の背景には以前から啓蒙を受けていた解剖学者三木成夫氏や彼が影響を受けたとされるヘッケル、クラーゲス、そしてゲーテに至る生命の起源探求に大きな影響を残した科学者や哲学者の存在がありました。46億年前に誕生したとされる地球、数億年間はマグマの火の海に覆われていたこの惑星は大気の変化でやがて雲と水蒸気に包まれ止むことなき大雨により水の惑星へと変化。やがて三十数億年前にこの水の惑星、海に原初の生物が誕生し、さらに数億年をかけて海底火山などの噴火で岩礁や岩山、そして陸地へと変遷の過程を辿る。計り知れないこの悠久の時間の中で、生物もまた海から陸地へと形を変えて自然淘汰を繰り返し、今に至ったと言われるのですが、我々人間を含む哺乳類は陸地誕生の歴史の中で魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類へと形態を変化させていったのだが、魚から後の生物変化にとって最も大切な場所が海と陸の境である浜辺でした。何度も繰り返される地球の自然変化、地殻変動などで浜に打ち上げられた海中生物の多くは死に絶え、その一部が陸で生命維持の形態を変化させてきた。これら四十億年近くの生物変化の記憶が人間では9ヶ月間の子宮の中での胎児の形体変化に刻印されており、とりわけ海から浜辺に上がって陸上動物となる過酷な時期が受精から数ヶ月間の子宮内で起こると三木茂夫氏は指摘、こうした海から浜辺を経て陸へと辿り着いた人の中には「生命記憶」また「おもかげ」が宿っているという。そしてこのような「生命記憶」を信仰として伝承してきたのが日本各地に見られた「産土」信仰である。かつては女性が子供を産む時には海から良き子をを育んでくれる神の到来を祈りながら、浜辺に産土小屋を設け、一人数ヶ月間を過ごすことが近代まで続けられていたことを、民俗学者谷川健一氏が突き止めている。このように浜辺は「いのちの海」から到来する”いきもの”の再生場であり、最も尊い場である。四周を海に囲まれた日本列島において、今や浜辺はほとんどと言っていいほど荒廃し、「おもかげ」を喪失してしまっている。サヌカイトという鉱物にも、地球誕生から海との深いつながりがある。ここではそれについて記さないが、今回の「浜辺のサヌカイト」は水の惑星と化した地球の海と深く繋がっている月による潮汐リズム、しかも満月時の潮汐に合わせて夕刻と深夜の二度にわたって演奏した。これまで音だけの記録でCD化してきたサヌカイトの演奏を視覚的にも残しておきたかったのは以上のような理由によってである。なお今回のプロジェクトメンバー撮影隊の長岡参チーム、音響の庵谷文博氏、写真家の小笹純弥氏、サヌカイトの櫓作りから演奏現場の仕切りまで精力的に進めてくれた石坂亥士とボランティアチーム。そしてプロジェクト制作のサウンド・ストーン・サークル(代表大鹿白水)の皆様と満月の下、浜辺での楽の一夜を共に過ごせたことに感謝いたします。

photo:Jyunya Ozasa

 今夜はあの満月の夜から2ヶ月後の満月の夜。そして数日前、もっとも悲しいピーター・ブルックの訃報が届いた。この映像をまず最初に見てもらいたかった人だったが、叶わぬ夢となった。それでもピーターの死の数日前の映像が、長女のイリナ・ブルックから送られてきた。私のサヌカイトの演奏の音にピーターの手が揺れる映像だった。その動きはまさに数億年前の生命体が海の中で泳いでいるようで神々しくもあった。『浜辺のサヌカイト』〜いのちの海に捧げるレクイエム〜。このブルーレイ完成後には一文を加えたい。<ピーター・ブルックに捧ぐ>。

 以上長々と書いてきましたが、今回のクラウドファンディングで力強い支援を贈っていただいた皆様にあらためてお礼を述べ、スタッフ一同次の船旅に向かいます。ありがとうございました。