マドリードの五月の蠅

長いイギリスツアーが終わり、舞台はスペインのマドリードへ。ここで久しぶりにピーター・ブルックと合流、着いた翌日から再び「11&12」の通し稽古が始まる。既に27回を迎えるというマドリードのフェスティヴァル・オトノ、秋のフェスティヴァルということだが季節は初夏、おそらくこのフェスティヴァル、最初は秋に開催していたのかもしれない、小さくオトノの下にオン・プリマベーラ(春に)ともある。5月12日から6月12日までの一ヶ月間にわたって演劇、音楽、ダンス等、主にスペイン、ヨーロッパからのアーティストたちがプログラムに並んでいる。わたしたちの「11&12」はこのフェスティバルの開幕初日から上演される。各プログラムはマドリード市の様々な劇場で上演されるが、ピーターが今回選んだのは既成の劇場ではなく、市内から離れたかつての動物屠殺場だった建物を解体し、新たにアートセンターとして再建したマタデロと称する所。かなり広い敷地内にいくつものスペースが設けられコンテンポラリーアートの展示やワークショップ、イヴェントなどが行われている。敷地内はいまだ工事中の箇所がいくつもあり増幅進行中といったところだ。「11&12」のツアーに関してなんども劇場の問題について書いてきたが、ここでもそれが第一の関門となった。建物は工場のようなガランとした広いスペースだが、天井の壁が薄く、建物自体の壁もちぐはぐで音響はかなり厳しい状態であった。また舞台として用いる地面の床が光沢のある灰色で照明が散乱する。最初、舞台周りを取り囲んでいた黒幕はすべて取り外し、床は黒塗りのボードを敷き詰め、徐々にシンプルなセットに適合する様になっていたが、問題は音響。客席が縦に長く、しかも段状に組んだ座席の最後列は地面床で上演する者にとってかなり遠いし、座席中段あたりから自然発生の声が届かなくなっていく。バービカン劇場はかなり音響効果もあらかじめ考慮して設計された舞台なので千人近い観客を相手に生の声でリハを重ねて奇跡的に上演できたが、ここは満席五百人でもいわゆる劇場として設計された建物ではないので奇跡を起すにも条件が悪すぎる。結局ツアーで初めて天井から吊るしたマイクで声を拾うことにした。といってもほとんど生の声に近いボリュームで、不自然ではない。普段より大きな声で喋るという手段もあろうが、ピーターはけっしてその手はとらない。過剰な演技や台詞は内的なフィーリングを妨げるためもっとも嫌うところで、さらに今回の演劇では究極といえるほど静的でナレイティヴな手法がとられているので、シンプルさがさらに強調されるのだ。ということで一応舞台の問題は処理し、演技もさらにまた簡素化し、プレヴューを無事終えた。ところが公演二日目のこと、主催者側の予期せぬ妨害が発生。「11&12 」の上演で最も大切な沈黙、静けさが劇場近くで行われたロックコンサートによって台無しにされたのだ。わたしの演奏は激しい太鼓の演奏と同時に聞こえるか聞こえないかの繊細な弦楽器の音やうたで終始構成しており、鳴り止まぬロックのノイズがこれを容赦なく遮断する。主催者側は音量を下げるようにとロックコンサート主催者に懇願したものの、音量を下げれば余計に気になる。五月蝿い(うるさい)という文字にあらわされているようにブンブン顔の周りを飛び回る今の季節、五月の蠅のように気になるのだ。わたしはもちろんのこと役者も集中できず、結局いらついた演技に終始せざるをえなくなった。満員の観客には申し訳ない気分で、なんとも煮え切らない気分の一日となった。沈黙は金なり。


 
 マタデロ劇場の舞台スペース

 
 ロビーではポーランドの演出家カントールの演劇記録が展示されていた