『MAREMBO』続き

『MAREMBO』は「母』を意味するという。本の題名となっているように、ドルシーにとって母は特別な存在だった。ダフローズという名のかの女は敬虔なキリスト教徒で、ルワンダで読み書きを教えられた最初のキリスト教徒の家系だった。ダフローズは教師で、かの女の父親も教師だった。そしてドルシーの父親シプリオンはダフローズの父親の生徒だったことから二人が結ばれたらしい。シプリオン・ルガンバは敬虔なキリスト教徒である母とは異なり、このヨーロッパの宗教にかなり懐疑的だった。彼はずっと洗礼を受けていなかったが、美しく愛らしいダフローズを娶るために再び洗礼を受けざるをえなかったのだという。しかし、キリスト教への疑念はやまず、ドルシーにはキリスト教者の名前をつけなかった。この父の影響もあったのか、ドルシーもまた子供のときからキリスト教学校に通わされるのが苦痛だったといっている。彼はやがてブタレという町の大学に入学し、そのときコーランの美しさに触れイスラーム教徒になりたいと思うようになっていた。1994年4月7日、彼はこの日いつものようにブタレの大学から家族のいるキガリの町に帰る予定でいた。しかしこの日、彼の下宿先の叔母が足を痛め、かの女の面倒も見るつもりで1日帰るのを送らせた。偶然キガリへの出発を遅らせたことで彼はジェノサイドから逃れることができたが、この日以来、母ダフローズ、父シプリオン、そして多くの兄弟たちと二度と会えなくなってしまったのだ。当時、イスラームへの改宗に心を傾けていたドルシーに母親は何度もキリスト教徒にとどまるよう説得しており、この日もその母と話し合うためにキガリへ出かける予定だったのだが、結局は優しい母に心の内を告げられないままとなり、悔恨だけが残ったのである。またドルシーの父、シプリオン・ルガンバはルワンダの国民的詩人であり、彼の死は国家の大きな文化的損傷となった。1994年4月7日以後、ドルシーはルワンダを後に亡命者としてヨーロッパへと向かったのである。