マリの美術家アブドゥー・オウォログム(3)

アブドゥー・オウォログムは、マリ、ドゴン族の村で生まれた。しかし幼くして家庭の事情で、トンブクトゥに移住し、その後青年時代を首都バマコで過ごした。それゆえ、どっぷりと伝統的な生活の中で暮らしたドゴンの末裔とは異なる。それでもバマコの美術学校で西洋美術を学んでいた青年時代、彼の感性は自身の文化のルーツであるドゴンへと帰還していった。自由奔放に見えて、確たるドゴンの根を有している彼の作品。それらを生み出す背後には、おそらくこうした長い異郷生活での伝統文化への憧憬と同時に客観的凝視が、強く作用していたのではないかと思う。
 マルチ・アーティストと呼ぶにふさわしいアブドゥーの作品は木綿のキャンバスに泥絵具や植物染料で描いた絵画、様々な素材を用いた彫刻、そして最も独創的なドゴン族の木綿帯を組み合わせ、刺繍と染料を施したタペストリー。これらは私的作品であるが、彼の活動はこれらにとどまらず映画の美術、衣装製作、演劇の舞台美術、衣装製作等々、アフリカでのコラボレーション作品も多々みられる。こんな彼の才能がヨーロッパで脚光を浴びるようになったのは、ピーター・ブルック演出のベケット作品『すばらしき日々』の舞台美術製作であった。この作品はブルック演出、ナターシャ・ペリーとジャンクロード・ペランの名優とクロエ・オボレンスキの舞台美術、衣装で来日し話題にもなった。その後、ブルックはこの同作品を劇団の古参、アフリカ系ドイツ人女優ミリアム・ゴールドシュミットを主役とし、アブドゥーに舞台美術を依頼し、スイスで公演した。『すばらしき日々』は山のような盛り土に身体を埋めたウィニー婦人と夫のウィリーの二人芝居で、この盛り土の舞台が目を引く。アブドゥーはこの盛り土の舞台をすべて羊の皮で覆った。無数のなま皮を染め、それを一つひとつ縫い合わせ、巨大な皮膜の山が登場した。まるで旧石器時代の住居跡のようにだ。また、背後の巨大な垂れ幕もドゴンの技による木綿帯を縫い合わせて泥染めにしたもので、ベケットも度肝を抜かれるような舞台装置となった。この豊かな想像力と感性が認められ、ブルックの『ティエルノ・ボカール』でもアブドゥーは舞台美術家として再び招聘された。そして、この作品を通して私と彼の付き合いが始まったのである。
     
アブドゥー作/ベケット『しあわせな日々』の舞台(上)と舞台製作中のアブドゥー