演劇はイキモノ

 ロンドンに来て「11&12」は10日間以上のリハーサルを重ね、2月5日にプレビューを迎えた。1200人は収容できるこの大劇場でリハを開始したとき、まずアコースティックに悩まされた。もちろんロンドンが誇る劇場、音響に関しても綿密に計算して設計されているだろう。しかしブルックはいつもどおりここでも外的な音響装置やマイクに頼ることなく、役者たちに生の声でパーフォーマンスを遂行させる。もちろん音楽も一切生音で対応しなければならない。リハの初日、おそらくはポーランドで摑んだ劇場感覚を引きずったまま練習にのぞんだのかもしれないが、後部座席で見守るブルックやマリ=エレーヌたちには台詞が届かないし、私の演奏する弦楽器エスラジの音も全く聞こえないとのこと。エスラジは『マハーバーラタ』や『ハムレット』でもずっと演奏してきたインドの楽器、歌の伴奏用に適したとても繊細な楽器なので台詞との相性がよく今回も主要楽器として用いている。この大劇場の隅まで音が行き渡るにはやはりマイクに頼るしかないか、それとも小音であるこの楽器の負性を補うべく考案されている蓄音機用の小さな朝顔型ホーンを楽器にとりつけるか、いろいろ悩んでいたが、日が経つにつれ、不思議と役者たちの声が遠くまで聞こえる様になると同時にエスラジの音も響き渡る様になってきた。このなんとも説明しがたい不思議な現象はブルックの執拗に繰り返されるリハーサルの進行中に確たるものになってくる。
舞台がかなり広くなったこともあり、テキストにも変化を加え、演出も毎日細部にメスを施していく厳格な修正が続き、いわゆる商業演劇や映画で仕事をしてきた役者の中にはこの毎日変化する演出に疲弊をきたす者もいる。「演劇はイキモノ」「昨日は昨日の、今日は今日」、このめまぐるしく変わる演出に対応する音楽は即興演奏しかない。ポーランドまで続けてきた舞台の開始場面、わたしのアフリカン・ドラムでの幕開けは、バービカンではまったく予想外に展開していった。プレビュー一日前のリハのとき、中央の柱に寄り添ってテキストを読んでいた俳優のトゥンジの姿を見つけたブルックが、これまでドラミングとともに登場していた開始に変え、客が全員席に着く五分前からすでに舞台の木に寄り添って本を読んでいるようにと言う。これまで激しいドラムの音で開始を告げて来た始まりの音は、カマレ・ンゴニというアフリカの繊細な音の演奏で同じく客が全員席に着く五分前から開始。いつの間にか演劇が始まるというフェードイン・オープンとなった。プレビュー一日目、こうした演出が効果を発揮し、満席の会場でのマイク無しの演技が成果をみせた。役者が動きだし観客が集まった劇場が一つのイキモノに変わった。ブルックのリハはこれからも続いていく。

バービカン劇場「11&12」