グラスゴー TRAMWAY

 地球の南端ニュージーランドからしばし日本に立ち寄ってすぐにまた西端イギリス、スコットランドグラスゴーでの公演。劇場は、かつて「マハーバーラタ」や「テンペスト」を上演した思い出深い場所。Tramwayトラムウエイ劇場はその名が示す通り、1893年に建設された路面電車の発着場かつ車庫であった建物で、その後1960年代前半に路面電車の終焉を迎えるとともに交通博物館として機能していた。しかし、この交通博物館は後に他の場所へと移され、ビルは廃墟と化すことを余儀なくされた。が、1990年に文化都市宣言発足したのを機にグラスゴー市が動き出し、かつての車庫が劇場として生まれ変わることになる。その発端を担ったのがピーター・ブルックの歴史的大作『マハーバーラタ』の上演。しかもロンドンでも、エジンバラでもなく、かつてのブッフ・ドュ・ノール劇場の開始を彷彿させるこのグラスゴーの廃墟の建物が、この『マハーバーラタ』上演の空間として用いられたのである。こうして十週間の突貫工事の末、TRAMWAYは英国唯一の『マハーバーラタ』上演劇場として世界から注目され、まさに文化都市の宣言を果たした。私はもちろんこの『マハーバーラタ』の音楽製作そして演奏にかかわり、その後今は故人となってしまったパートナーであった桃山晴衣ともう一人の音楽家イラン人のマモード・タブリジ・ザデーの二人と再びブルックの『テンペスト』をここで上演した。あれから20年以上の歳月が流れたが、劇場内は今も当時のままの壁、ブッフ・ドュ・ノール劇場と同じようなベンガラ色に塗られた”ブルック壁”が変わらずあった。80年代は私たちの拠点だったパリのブッフ・ドュ・ノール劇場をモデルにしたいわゆるブルック劇場が世界のあちこちに誕生した。その代表がTRAMWAYやニューヨーク・ブルックリンのBAM、また『マン・フー』や『ハムレット』を上演した世田谷パブリック劇場も設立にあたってブッフ・ドュ・ノール劇場の作りを模していたはずだ。今、世界不況の風が吹き荒れる中で、こうした画期的な劇場空間が少なくなっているし、かつてのエネルギーが演劇世界では希薄化しているように思えてならない。グラスゴー、トラムウエイでの『11&12』は、こうしたブルックとこの劇場の歴史を秘めた貴重な公演でもあった。


  ブッフ・ドュ・ノール劇場の壁      トラムウエイ劇場の壁


         トラムウエイ劇場外観