韓国の音楽家キム・チュホン氏来舎

<ノルムマチ>
パリから帰ってきてまだ時差ぼけの中、名古屋で韓国の打楽器集団ノルムマチのコンサートを終えたリーダーのキム・チュ・ホン氏が我が家を訪れた。彼とは2年前にピーター・ブルックの『11&12」公演をLGアートセンターで行った時に、知人からの紹介で会うことになった。もう日本ではよく知られる様になった打楽器合奏団サムルノリ、韓国では日本の和太鼓グループのように実に多くのグループがあるが、キム・チュホン氏は海外に広くサムルノリの存在を知らしめたキム・ドクスの教え子で、打楽器の技量が素晴らしいのはいうにおよばず、私が興味を持ったのは彼のうたである。この頃、私自身三味線を手に「演歌」を唄っていることもあり、彼が打楽器と唄の両方をこなせる楽士ということに魅力を感じているのだ。ところでキム・チュホン氏率いるノルム・マチは基本的に杖鼓(チャンゴ)、薄い樽型太鼓(ブク)大銅鑼(チン)、小銅鑼(ケンガリ)の打楽器群にピリというダブルリードの韓国オーボエ、テピュンソという韓国のダブルリードトランペットからなるサムルノリのグループで、1993年に創設されている。現在は当時の唯一のメンバーであるキム・チュホン氏をリーダーとし、二人の男性と一人の女性打楽器奏者、一人の気鳴楽器奏者よりなる。キム・チュホン氏は伝統芸術学院でパンソリを習い、その後キム・ドクス、リー・クァンスからシャーマンの歌唱、打楽器を習い、さらにアン・スクソン、ハン・スンホなどからパンソリを習っている。

<キム・チュホンと立光学舎で>
彼は韓国の西南部の珍島(チンド)で生まれ幼少より巫覡による儀式音楽になじんで育ち、このシャーマニズムの音楽やパンソリが彼の音楽の中枢にある。一昨年、韓国では彼のスタジオで少しだけお手合わせをし、いつか一緒に日本でも公演をという話をしていたので、今回郡上に足を運んでくれたのだが、立光学舎に来る前に八幡の町中を案内しようと、私と桃山晴衣の立光学舎の活動を展示している博覧館へ連れて行ったはいいものの、ここで見るもの見るものに次々興味を示し、さらに町の店でもかなりの時間をかけてしまい我が家に着いたのが午後6時過ぎ、幸いまだ外は明るく緑の山に囲まれた立光学舎に感動し、韓国にはない囲炉裏にも感嘆。夜はさっそく囲炉裏を囲んでの会話、そしてもちろん即興演奏。私はまず三味線を手に彼の唄と合わせてみた。故郷の俚謡だと思うが、ユリの細やかな唄でストレートな三味線の音と面白く解け合う。その後は二人とも、十八番の太鼓に持ち替えリズムの宴が広がる。彼のチャンゴのリズムは実に細やかで一拍一拍ごとの間に微妙な打拍を入れて変化をつける。また彼のチャンゴは普通のそれとは異なり、片面の皮膜がすり鉢の様になっており、低音がよく響くうえ、低音側の撥の持ち方も一般のチャンゴを打つそれとは異なる。いずれにせよ、囲炉裏と三味線は韓国に存在しない日本文化であることを再認識させられたし、オンドルと琴の国の音楽家と来年あたり郡上で一度ジョイントコンサートをと考えていた私としては、この夜さまざまな可能性が広がった。キム・チュホン氏はノルムマチを通して韓国音楽の新しい波を創りだそうとしている。しかし彼の新しい波とは、伝統音楽の構造を失うこと無く、他の音楽とコミュニケートしながら、自らの音楽を再生していくことであるといっている。昨年、日本・韓国の舞台でコラボレーションした舞踊家、金梅子(キム・メジャ)さんはその先駆者ともいえる人で、彼女からも伝統ということについて大いに考えさせられた。