金梅子(キム・メジャ)&チャンム舞踊団、京都公演

 昨年12月、NARASIA2010で初演となった金梅子さんとのコラボレーション「光」は、今年五月に韓国の高陽市のダンスフェスティバル、八月に岡山県美星町中世夢ケ原の野外舞台、そして今月の10日には京都芸術劇場春秋座での公演と、四回にわたって上演されてきた。初演は金梅子さんの独舞と私の音楽で構成されたが、二回目からは金梅子さん率いるチャンム舞踊団の精鋭舞踊家三人(キム・ソンミ、チェ・ジヨン、キム・ミソン)が加わり、金梅子さんのゆったりとした動きと三人の躍動的な舞が交差し、韓国舞踊の奥深さを増していった。
 京都芸術劇場での舞台は、「金梅子の仕事」と題してキム・メジャさんの作品を四本同時に発表するもので、メジャさんとチャンム舞踊団の女性ダンサー九名によって構成された。演目は「サルプリ」「チュンボム」「舞、その神明」「光」で、三番目の作品はサムルノリによる生演奏、四番目が私の生演奏によるもので、音楽的にも変化のある舞台であった。

<チャンム舞踊団のサルプリ>
 「サルプリ」は元来韓国の南道地方に派生した巫俗儀式舞踊の一種で、厄払いの意味があるといわれるが、現在ではこの呪術的な部分が廃され、女性のもつ苦しみ、悲しみなど、内面を白い布で表して舞う芸術性の高い舞踊となっている。メジャさんの「サルプリ」は前半が白い衣装に身を包んだチャンム舞踊団が新聞紙で作った大きな花のようなものを手にして舞う。伝統的な白い布に代えて女性ダンサーが手にする新聞紙で象徴した花は、女性の内面のみならず私たち現代人が直面している多くの問題、災いを解き放つという願いが込められたものである。この作品は録音曲で行われたが、最初からテンポの速いテクノビートが流れ、観客を驚かす。このダイナミックな舞による厄払いが終わると、後半は巫歌をバックに白衣に白布を手にしたキム・メジャさんが堂々の伝統的サルプリを舞って、舞台下手から上手へとゆっくりと消えていく。

<キム・メジャのサルプリ>
次の演目「チュンボム2」は、メジャさんを除く舞踊団全員の群舞で、白衣の舞踊団が二組に分かれて、バッハやカールオルフなどの西洋宗教音楽を背景に太極拳や気功のような緩やかで静謐な動きで舞うもの。手のひらをそれぞれ天と地に向け、立と座を対比させながら気の流れを巧みに操作させた舞踊で、グルジェフの神聖舞踊に似たものを感じたりもした。
三番目の演目は雰囲気をがらりと変えて、舞台からサムルノリの打楽器の響きが観客の心を揺さぶり、客席通路を舞踊団の面々が民俗舞で登場して劇場全体を祝祭空間に変えていく。「舞、その神明」と題されたこの作品は、仮面舞踊タルチュムや他の民俗舞踊を取り入れ構成した躍動感溢れるものだが、観客とともに分かち合うこの開放感や恍惚感こそが、先の「サリプリ」と関連し、社会の中に渦巻く悪鬼や恨(はん:抑圧の中で蓄積されてきた怒り、悲哀、痛みなどの感情)を解き放つ「神明(しんみょん)」でもあるのだ。そして最後の「光」でキム・メジャさんが再び登場し、先に紹介した三人の舞踊家と私の演奏で舞を繰り広げる。この「光」は飛鳥時代に日本に渡来し伎楽を伝えた百済人、味摩之の心の旅を描いたものでもあり、アジアを横断し各地の芸能を集合させ仮面劇を構築し日本に伝えきたアーティストの創造的かつ辛苦の旅を舞うものである。ちなみに私はこの演奏で象徴的に伎楽鼓とアジアの金属音を用いている。
 この日はアフタートークとして、四作品の上演が終わった熱気の冷めやらぬ舞台で30分間ほど金梅子さんと私、そして韓国から招聘された舞踏評論家・演出家のチェ・匕ワン氏が参加した会がもたれた。ここでチェ・ヒワン氏はこの日のキム・メジャ四作品について興味深い説明をされた。「四作品は、それぞれに独立した作品ではあるが、これが一つの作品としてもみられるのは、そこに一貫した芸術精神、魂が通っているからであろう。そしてこの四つの作品は四つに連なる山脈のようなもので、四つの頂上は見えるが、見えない裾野ははてしなく広がっており、これが先に説明した神明ともいえるものであろう。「サルプリ」「舞、神明」がこの世の悪鬼を解消する作品であると同時に「チュンボム2」「光」もまた救済を意味する作品である」。

<チェ・匕ワン氏>
 このような説明からも「キム・メジャの仕事」には伝統、解放、救済、芸術精神といったキーワードが浮上してくる。そしてとりわけ伝統と解放という二律背反的にみえるこの言葉に表されたものにこそ、芸術を通して理想を実現させようとするキム・メジャの意志を強く感じる。60年代の日本では解放や自由を意味するものは、伝統の破壊であり、伝統からの離脱であった。当時の日本のアーティストたちは、西洋の思想や哲学、芸術を模範とし、自由なアートフォームを創造したかのようであった。が、彼らは本当に伝統というものを理解していたのかどうか、今では大いに疑問が残る。桃山との活動で伝統というものの大切さを痛切に感じてきたが、今回キムさんと何度か仕事をしたおかげでさらにその思いを強くせざるをえなくなった。
 公演の後、チェ・匕ワン氏と話す機会があり、彼がタルチュム(仮面舞踊劇)の研究、実践のスペシャリストであることを知らされた。今回の「光」で、私が仮面劇伎楽を日本に伝えた百済味摩之をテーマにしたことに非常な関心を寄せ、是非とも彼が現在所長を務める釜山の「民俗美学研究所」に来て詳しい話をしてほしいといわれ、お土産に韓国の詩人金芝河(キム・ジハ)の書が印刷された布をいただいた。キム・ジハ氏はチェ・匕ワンさんの友人で仮面舞踊劇も共同で制作しており、今度は三人でゆっくりお話しましょうともいってくれた。

<チェ・匕ワン氏からの贈り物、金芝河氏の南北統一の願いが込められた書がかかれた布>
またキム・メジャさんは来年11月に「光」に次ぐ新作を発表する予定、聞くところによると韓国の演歌がテーマになるとか。私との新作も頼まれたが、機会があれば実現したいと思っている。チェ・匕ワン氏のタルチュムとも何かやりたいし、来年もまだ韓国のアーティストとの交流が続きそうである。